World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(i)(vi))

南アフリカの人類化石遺跡群

Fossil Hominid Sites of South Africa
南アフリカの人類化石遺跡群
南アフリカ北東部のスタークフォンテン渓谷一帯には多くの石灰岩洞窟があります。ここからは、400万年前から100万年前の間に生きていた初期人類の化石が多数出土しており、アフリカ大陸が人類発祥の地であることを明らかにするものです。スタークフォンテン渓谷は、1999年にスワートクランズ、クロムドラーイ地区とともに世界遺産登録され、2005年にはマカパン渓谷、タウング頭骨化石遺跡が追加登録されました。これらの遺跡群では、現在もなお新しい発見が続いています。20世紀末には「リトル・フット」と称される367万年前の猿人の骨格化石が、2013年には「ホモ・ナレディ」と命名された、新種のヒト属の化石も発見されています。
地域: アフリカ / 国名: 南アフリカ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (iii)(vi)
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ミノア文明の宮殿群

Minoan Palatial Centres
ミノア文明の宮殿群
ミノア文明とは古代ギリシャ文明のひとつで、エーゲ海のクレタ島を中心に栄えた青銅器文明です。ミノアとは伝説上の王であるミノス王からきていますが、島の名をとりクレタ文明ということもしばしばあります。この文明を築いた民族については残念ながらあまりわかっていませんが、紀元前1900年頃から栄え、世界史の教科書でもお馴染みのクノッソス宮殿などの壮大な宮殿が築かれました。当時の民族が使用した文字を線文字Aと言いますが、未解読のため、早急な解読が期待されます。しかし、城壁がなく、多数の壺に海の生物が描かれていることから、開放的で海洋的な文明だったと推測されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラーツィエ修道院とレオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』

Church and Dominican Convent of Santa Maria delle Grazie with “The Last Supper” by Leonardo da Vinci
ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラーツィエ修道院とレオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』
ミラノの中心部に位置するサンタ・マリア・デッレ・グラーツィエ教会は、15世紀の半ばに完成した教会です。敷地内にはドミニコ会の修道院があります。その食堂の壁には、レオナルド・ダ・ヴィンチが1495年から97年にかけて描いた『最後の晩餐』が残ります。縦4.2m×幅9.1mの巨大な壁画で、「遠近法」と「明暗法」を取り入れ、イエスとその弟子たちをリアルに浮き立たせた名画です。壁画は、壁の漆喰が乾ききらないうちに描くフレスコ画ではなく、卵などを絵具に混ぜて固定材として使用するテンペラ画の技法で描かれました。速乾性に優れ、細やかな筆遣いを可能としましたが、壁に描く場合は耐久性に劣るため、「最後の晩餐」も早くに損傷が進み、20世紀後半には修復作業が行われました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (i)(ii)
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ムスカウ公園/ムジャクフ公園

Muskauer Park / Park Mużakowski
ムスカウ公園/ムジャクフ公園
ムスカウ公園/ムジャクフ公園は、ヘルマン・フォン・ピュックラー=ムスカウ伯爵が自身の領地に1815年から1844年の間に造営し、その弟子であるエドゥアルト・ペツォルトがその設計を継承して発展させた広大な景観公園です。ルザチア・ナイセ川の渓谷に調和する形で設置され、地元の町や周囲の農村景観との統合により、新しい景観設計の手法を切り開き、景観建築の発展に寄与しました。この広大な敷地には、ナイセ川やその他の人工・自然の水域、橋、建築物、森林地帯、遊歩道が含まれています。これは、文化的景観の一例であり、自然の特性を巧みに活用した見事な設計が施されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国, ポーランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (i)(iv)
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ムランジェ山の文化的景観

Mount Mulanje Cultural Landscape
ムランジェ山の文化的景観
マラウイ南部にどっしりと構えるムランジェ山は、むき出しの岩肌が特徴的で、世界最大級のインゼルベルク(残丘)のひとつとしても知られます。インゼルベルクとは、侵食から取り残された、平原に孤立した丘のことです。古くからこの山は、神々や精霊、祖先の霊が宿る聖地とされてきました。地元のヤオ族、マンガンジャ族、ロムウェ族の人々は、それぞれが異なる文化的背景を持っていますが、いずれもこの山を精神的支柱として崇敬してきました。山中の洞窟や池などでは伝統的な儀式が営まれ、精霊と交信する呪術師やヒーラー、治癒効果のある植物を用いる薬草師らは、地域共同体で不可欠な存在であるとみなされてきました。山の自然環境に根ざして受け継がれてきた伝統的慣習と信仰体系は、他の宗教が出現した後も失われることはなく、この地の独特な景観を形づくってきました。
地域: アフリカ / 国名: マラウイ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (iii)(vi)
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ムルジュガの文化的景観

Murujuga Cultural Landscape
ムルジュガの文化的景観
オーストラリア北西の沿岸部にあるバーラップ半島とその周辺のダンピア諸島を含むエリアは、先住民アボリジニの人々の聖地「ムルジュガ」と呼ばれています。ここにはかつてここでくらしていたアボリジニの祖先たちが描いた100万枚を超える岩絵(ペトログリフ)が残されています。これらは5万年前から描かれ始めたとされ、ワラビーやワニ等も描かれています。これは岩絵が描かれた当時は水や緑の豊かな場所であったことを示しています。ここは現在もアボリジニの人々にとって文化的・精神的伝統が残る聖域であり、政府の支援のもと管理されています。
地域: オセアニア / 国名: オーストラリア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (i)(iii)(v)
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明・清時代の皇帝陵墓

Imperial Tombs of the Ming and Qing Dynasties
明・清時代の皇帝陵墓
明・清時代の皇帝陵墓は、風水に基づいて慎重に選ばれた地形に位置し、自然環境との有機的な統合が図られています。陵墓と建物は中国の階層構造に従って配置され、石碑や彫刻が並ぶ神聖な通路が組み込まれています。これは、王室の儀式や死者の霊の通行を目的としたもので、5世紀にわたり明・清の統治者が堂々とした陵墓の建設を非常に重視していたことを物語っています。この自然と調和した配置は、人類の創造的才能を示す傑作です。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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メキシコ国立自治大学(UNAM)の中央大学都市キャンパス

Central University City Campus of the Universidad Nacional Autónoma de México (UNAM)
メキシコ国立自治大学(UNAM)の中央大学都市キャンパス
メキシコシティー南部にあるメキシコ国立自治大学(UNAM)は敷地面積約7㎢を誇る中南米最大規模の大学です。1551年にスペイン王フェリペ2世によって開学された王立メキシコ大学を前身とし、メキシコ革命を経て1929年に自治権を獲得し、現在の名称へと改称されました。その後1949年から1952年にかけての近代化運動のなかで大学が建設されました。20世紀のモダニズムの建築工学や景観設計と、スペイン人入植以前のメキシコの伝統文化に由来する特徴とが融合した大学都市が作り上げられました。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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メテオラの修道院群

Meteora
メテオラの修道院群
メテオラとはギリシア語で「中空に浮く」という意味であり、ギリシア中部にあるメテオラでは、奇岩群が数多くあり、その上に修道院が立っているという、世界でも類を見ない景観が見られます。この奇岩群が形成されたのは今から6,000万年前に誕生したとされ、そこから長い年月をかけて川の水が谷を削り、硬い部分だけが残った結果、このような景観が生まれました。この景観を神の地と思ったのか、古くから人々が住み着いていました。9世紀頃から、現実世界から離れて、決して住みやすいとは言えないこの場所に修道院を築き、祈りを捧げるようになるのです。修道院群があたかも空中に浮いているように見えるから、この地はメテオラと言われました。最盛期には24の修道院があり、7つの修道院が世界遺産に登録されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(v)(vii)
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メンフィスのピラミッド地帯

Memphis and its Necropolis – the Pyramid Fields from Giza to Dahshur
メンフィスのピラミッド地帯
紀元前28世紀頃から22世紀ぐらいまで続いたエジプト古王国の時代に建設されたピラミッドが、王国の都であったメンフィスの周辺(ギザからダハシュール辺り)に多く残っています。古王国第3王朝のジェセル王はそれまで日干しレンガで造られた小さいマスタバと呼ばれる墓ではなく、不滅の建材である石材を使ったピラミッドを建設しました。彼のピラミッドは方形の石段の四方を拡張し6段重ねた「階段ピラミッド」と呼ばれています。次の第4王朝のスネフェル王は途中で角度が変わる「屈折ピラミッド」や少し赤く見える石材を使った「赤のピラミッド」など在位中に3つもピラミッドを建設しました。そして最大のものは次のクフ王の時代ものです。カイロ近郊のギザの台地には、高さ146m(建設当時は150m以上あったと言われています)のクフ王のピラミッドとカフラー王・メンカフラー王のピラミッドが並び、「ギザの3大ピラミッド」と呼ばれます。しかし、これ以後のピラミッドは小規模化していきました。
地域: アフリカ / 国名: エジプト・アラブ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(iii)(vi)
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モザンビーク島

Island of Mozambique
モザンビーク島
モザンビーク島は、モザンビーク共和国ナンプラ州にあり、インド洋のモスリル湾の入り口に位置しています。本土の海岸からは約4㎞沖合にある石灰質サンゴ礁で,1960年代に建設された橋によって本土と結ばれています。島は東にゴア島とセナ島という2つの小さな無人島を持ち、群島を形成しています。この島は10世紀頃からアラブの品物とアフリカで産出される金を交換するインド洋貿易の拠点として栄えてきました。アラブ商人たちは街を建設し、真珠、象牙、銀などを使った象嵌細工の技術や、繊細な彫刻が施された建築物など、アラブの文化を伝えました。
地域: アフリカ / 国名: モザンビーク共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (iv)(vi)
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モスクワのクレムリンと赤の広場

Kremlin and Red Square, Moscow
モスクワのクレムリンと赤の広場
モスクワの歴史は、1,100年代にユーリー・ドルゴルーキーが木造の要塞を建設したところから始まったとされています。これが後のクレムリンになりますが、モスクワの街はこの要塞を中心に発展していきました。 1480年にイヴァン3世が「タタールのくびき」と呼ばれるモンゴルの支配からの脱却を果たし、城壁が強化され、城塞内にはウスペンスキー聖堂などの大聖堂が建てられることとなりました。城壁内部の中心であるサボールナヤ広場には聖堂が立ち並び、聖遺物、中世のフレスコ画、イコン、高価な写本など様々な芸術品が残されています。 15世紀末に築かれたファセット宮殿は、国家行事や祝賀行事、外国大使を迎えるために建設されました。他にも金色のドームが印象的で、荘厳かつ煌びやかなブラゴヴェシチェンシスキー聖堂などがあります。モスクワはロシア革命後の1918年から、ロシアの首都として発展していくこととなります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(vi)
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モスタル旧市街の石橋と周辺

Old Bridge Area of the Old City of Mostar
モスタル旧市街の石橋と周辺
モスタル旧市街は、15世紀から16世紀にかけてオスマン帝国の国境都市として発展し、19世紀から20世紀のオーストリア・ハンガリー帝国時代にも繁栄を遂げました。この地域は、オスマン帝国、地中海、西欧の建築様式が融合した独自の都市景観を形成しています。​街の中心にある石橋は、スターリ・モスト(古い橋)と呼ばれ、16世紀にミマール・スィナンの弟子ミマール・ハイルッディンが設計し、オスマン建築の傑作とされています。​1990年代のボスニア紛争で街の大部分とともに破壊されましたが、2004年に各国の援助やユニスコの支援を受けて再建され、和解と国際協力、多文化共生の象徴となっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ボスニア・ヘルツェゴビナ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (vi)
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モデナ:大聖堂と市民の塔(トッレ・チヴィカ)、グランデ広場

Cathedral, Torre Civica and Piazza Grande, Modena
モデナ:大聖堂と市民の塔(トッレ・チヴィカ)、グランデ広場
モデナはイタリア北部エミリア・ロマーニャ州にあります。モデナ市内あるいは近郊には、「マセラティ」や「フェラーリ」などの最先端のスポーツカーを製造する会社の本社があります。その一方で、旧市街では、中心にあるグランデ広場、大聖堂、鐘楼などが一体となっていて、中世の面影を今に残しています。そして、キリスト教における宗教上の結びつきの強さと、この地を支配したカノッサ家の影響を見ることができます。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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モルドヴァ地方の教会群

Churches of Moldavia
モルドヴァ地方の教会群
ルーマニアの北部、北モルドヴァにある、ヨーロッパでも類を見ないユニークな教会群が「モルドヴァ地方の教会群」です。これらは15~16世紀にかけてシュテファン公のもと最盛期を迎えたモルドヴァ公国の遺産で、各地に点在しています。強大な権力を持ったシュテファン公は「キリスト教世界の番人」を自任していたとされ、オスマン帝国の侵略を阻止し国の自治を守った名君として知られています。彼はオスマン帝国の攻撃を撃退するたびに、新しい教会を建てたといわれています。これらの聖堂群は、シュテファン公とその後継者ペトル・ラレシュ公の時代を彷彿とさせるものであり、この遺産の見どころのひとつです。
地域: ヨーロッパ / 国名: ルーマニア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (i)(iv)
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モレリアの歴史地区

Historic Centre of Morelia
モレリアの歴史地区
モレリアは、首都メキシコ・シティと第2の都市グアダラハラの間に位置し、16世紀半ばにスペインの植民都市バリャドリードとして築かれました。1570年に司教座が置かれて以降、この地域の宗教・文化の中心として発展し、18世紀には大聖堂や市庁舎などが建設されました。現在も約250の植民地時代の建造物が残り、多くがピンク色の石材で造られています。市内にはルネサンス、バロック、新古典主義が融合した建築が並び、その様式は「モレリアのバロック」といわれています。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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モン・サン・ミシェルとその湾

Mont-Saint-Michel and its Bay
モン・サン・ミシェルとその湾
モン・サン・ミシェルは、フランス北西部の英国とフランスに挟まれた湾に立つ、小高い丘の上にあります。この地域は、フランスの他の地域とは異なり、現在の英国やアイルランドなどで見られるケルトの文化が色濃く残ります。708年にケルト人のモン・トンブと呼ばれるケルト人の聖地だった場所に、聖ミカエルを祀る聖堂を築いたのが、モン・サン・ミシェル(フランス語で「聖ミカエルの山」)の始まりです。聖ミカエルの信仰は、イタリアの世界遺産『イタリアのロンゴバルド族:権勢の足跡(568-774年)』に含まれるプーリア州の洞窟教会「サントゥアリオ・ディ・サン・ミケーレ・アルカンジェロ」に始まるとも伝えられますが、モン・サン・ミシェルはその信仰が遠くフランスに北西部にまで広がったことを示しています。 
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(iii)(vi)
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ヤヴォルとシフィドニツァの平和教会

Churches of Peace in Jawor and Świdnica
ヤヴォルとシフィドニツァの平和教会
ヤヴォルとシフィドニツァの平和教会群は、17世紀中期の宗教戦争(三十年戦争)後、ハプスブルク家のカトリック支配下の中、プロテスタント社会に対する宗教的寛容さを示す必要性に迫られ建設されました。建設に際しては、石やレンガの使用が禁じられ、木材と土を主材料とするという厳しい条件下でありながらも、複雑かつ先駆的な建築技術が駆使されました。木造建築としてはヨーロッパ最大級の規模を誇り、耐久性に優れた構造を持っています。​今日までその壮麗な姿を保ち続けており、木造宗教建築の最高峰として評価されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポーランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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ラヴェンナの初期キリスト教建造物群

Early Christian Monuments of Ravenna
ラヴェンナの初期キリスト教建造物群
ラヴェンナはアドリア海に面した、フィレンツェの北東100㎞ほどの場所にある港町です。西ローマ帝国皇帝のホノリウスが、402年にローマからラヴェンナに遷都して繁栄が始まりました。476年の西ローマ帝国滅亡後は、ゲルマン王オドアケルや東ゴート王国の支配を経て、540年にビザンツ帝国の支配下となり、総督府が置かれて重要な拠点となりました。とりわけ、ユスティニアヌス帝とその皇后のテオドラは、ラヴェンナに強い思い入れを持ち、街に繁栄をもたらしました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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ラサのポタラ宮歴史地区

Historic Ensemble of the Potala Palace, Lhasa
ラサのポタラ宮歴史地区
チベット高原の中央部、標高約3,650mに位置するラサは、ポタラ宮を中心とするチベット仏教の聖地で、チベットの政治・文化の中枢です。チベット語では「神の地」を意味するチベットの歴史は、豪族たちがチベットの各地を支配していた7世紀の初めに、吐蕃のソンツェン・ガンポ王が初めてチベットを統一し、この地に遷都しました。ソンツェン・ガンポ王は、権力を強化しつつ、インドに派遣した家臣にチベット語を作らせて、サンスクリット語の経典をチベット語に翻訳させるなど、インドと中国の仏教文化を積極的に取り入れました。またポタラ宮の原型となる城を築き、その妃はジョカン寺(トゥルナン寺)を創建しました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (i)(iv)(vi)
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ラジャスタン州のジャイプール市街

Jaipur City, Rajasthan
ラジャスタン州のジャイプール市街
インド北西部ラジャスタン地方に位置するジャイプール市街は、かつてこの地に割拠したラージプート諸国のひとつ、アンベール王国の藩王(マハラジャ)であったサワーイー・ジャイ・シング2世が1727年に建設した都市です。王ははじめ丘陵地帯にあった城塞アンベール城を居城としていましたが、人口の増加や水不足に対応するため、平地に新たな都を建設しました。新たな都は「ジャイプール(「ジャイの町」)」と名づけられました。ジャイプールは英国の植民地支配下に置かれていた時代でも、領地の自治を保証されていたため、他の都市と比べてよりインド的な雰囲気を残しています。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2019年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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ラス・メドゥラス

Las Médulas
ラス・メドゥラス
『ラス・メドゥラス』は、スペイン北西部の山岳地帯にあるローマ帝国時代の金の採掘場です。1世紀、ローマ帝国はこの地域で、水力を利用した技術による金鉱脈の開発に着手しました。湧き水、雨、雪解け水を一度大きなダム(貯水池)に集め、そこから長距離にわたって延びる水路が鉱山とつながれていました。ダムの水門を開くと、大量の水が水路に流れ込み、水圧によって鉱山では土砂崩れが発生します。こうすることで露出された大量の金を一気に採取することができました。このような採掘方法は「ルイナ・モンティウム」(山崩し)と呼ばれました。採掘の過程で生じた選鉱屑は数キロにわたって堆積しており、一部では農地として利用されている場所もあります。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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ラニ・キ・ヴァヴ:グジャラト州パタンにある王妃の階段井戸

Rani-ki-Vav (the Queen’s Stepwell) at Patan, Gujarat
ラニ・キ・ヴァヴ:グジャラト州パタンにある王妃の階段井戸
インド西部グジャラト州のサラスワティ川岸にある井戸です。11世紀にこの地の王朝の王妃が亡き王を偲んで建造したので「王妃の階段井戸」と呼ばれています。この乾燥地帯では今から5000年ほど前から「階段井戸」と呼ばれる独特な水利・貯水システムがありました。地下水脈まで深く掘り下げ、そこまで階段を設けて水を汲み上げる方式です。この井戸は奥行65m、幅20m、深さ27mあり、水源にたどりつくには7層の階段を下りていくことになります。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2014年 / 登録基準: (i)(iv)
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ラパ・ニュイ国立公園

Rapa Nui National Park
ラパ・ニュイ国立公園
ラパ・ニュイ国立公園は、チリの海岸から西に約3,700kmの南太平洋に位置するパスクア島(イースター島)にあり、約900体のモアイ像と300以上の儀式用プラットフォーム(アフ)を有しています。これらのモアイ像は、11世紀から17世紀にかけてポリネシアに起源を持つ長耳族によって先祖を祀るために造られ、島の各地に配置されています。
地域: 南米 / 国名: チリ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1995年 / 登録基準: (i)(iii)(v)
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ラホール城とシャーラマール庭園

Fort and Shalamar Gardens in Lahore
ラホール城とシャーラマール庭園
ラホールはパキスタン北東部、インドの国境付近にある都市で、ムガル帝国第3代皇帝のアクバル(在位:1542~1605)はこの地に都を置き、11世紀以前から伝わる城砦を再建する形で現在のラホール城を築きました。彼は焼成レンガと赤砂岩を特徴的に用いて、謁見の間であった「ハーネ・ハース・オ・アーム」などの象徴的な施設を建造しました。次代のジャハーンギール(在位:1605~1627)は、アクバルが着工した広大な北側の中庭を完成させると主に、砦の北壁や北西壁に装飾を施しました。さらに次代のシャー・ジャハーン(在位:1627~58)は、白大理石をふんだんに用いた「真珠のモスク」や謁見の間「ディーワーネ・アーム」、世界で最も美しい宮殿の一つとも言われる「シーシュ・マハル」などの豪奢な建造物を築いています。これらの建造物はムガル帝国の建築様式の優れた見本を構成しています。
地域: 西・南アジア / 国名: パキスタン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1981年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ラムの旧市街

Lamu Old Town
ラムの旧市街
ケニア南東部インド洋に浮かぶラム島の島内に広がる旧市街は、12世紀から海洋交易の拠点として発展してきた歴史を持っています。かつて東アフリカで最も重要な貿易の中心地で、宗教的、文化的、技術的に重要な影響を与えてきました。また、東アフリカのスワヒリ圏の市街地遺跡としては最も歴史が古く、かつ保存状態も良好であることで知られています。アジアから見るとアフリカ大陸の入り口に相当するこの街は、象牙や奴隷が集まる集散地となり、アラブやペルシャ、インド、ヨーロッパの商人たちによって活発な取引が行われていました。他のスワヒリ圏の古い集落と比べて、ラムの旧市街には700年以上もの長きにわたって人々が住み続け、今もなお街として機能し続けていることが特徴です。
地域: アフリカ / 国名: ケニア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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ラリベラの岩の聖堂群

Rock-Hewn Churches, Lalibela
ラリベラの岩の聖堂群
『ラリベラの聖堂群』は、エチオピア高原北東部、標高3,000mの場所に位置する11の岩窟キリスト教聖堂群です。12世紀末、イスラム教徒の支配下にあった聖地エルサレムへの巡礼が困難であったことから、ザグウェ朝の7代ラリベラ王は都を「第二のエルサレム」にしようと、キリスト教聖堂群の建造を始めました。地表の高さに教会の最上部を建造した後、徐々に周囲を掘り下げながら、建物全体を彫り出してつくられました。わずか二十数年という工期の早さに人々は驚き、「天使がつくった」と噂したといわれています。
地域: アフリカ / 国名: エチオピア連邦民主共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1978年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ランギリ・ダンブッラの石窟寺院

Rangiri Dambulla Cave Temple
ランギリ・ダンブッラの石窟寺院
スリランカ中部ダンブッラの岩山にあるダンブッラ石窟寺院は、スリランカ最大の仏教石窟寺院です。この場所には元々、紀元前3世紀から仏教僧の修道施設が置かれていました。前1世紀頃、シンハラ王国第19代ワッタガーマニー・アバヤ王が、南インドのタミル人によって都を追われた際に、ダンブッラの僧に匿われたことに感謝して、この地に石窟を寄贈したのが始まりとされています。以来、ダンブッラは聖なる巡礼地として人々に敬われ、スリランカ文化を象徴する存在となりました。
地域: 西・南アジア / 国名: スリランカ民主社会主義共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (i)(vi)
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ランス・オー・メドー国立歴史公園

L’Anse aux Meadows National Historic Site
ランス・オー・メドー国立歴史公園
ランス・オー・メドー国立歴史公園は、カナダ東部ニューファンドランド島のグレートノーザン半島の先端に位置する1,000年頃に北欧から渡来してきたヴァイキングの集落跡です。北米に初めて到達したヨーロッパ人の痕跡とされています。1960年、ノルウェーの探検家ヘルゲ・イングスタッドと考古学者である彼の妻アン・スタイン・イングスタッドによってこの遺跡は発見されました。発掘調査により8つの建物跡や溶鉱炉の跡、鉄器などの道具類のほか、ノルウェー様式の住宅の特徴を示す遺構が多数確認されています。1978年に世界で最初の世界遺産のうちの一つとして登録されました。
地域: 北米 / 国名: カナダ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1978年 / 登録基準: (vi)
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ランスのノートル・ダム大聖堂、サン・レミ旧修道院、トー宮

Cathedral of Notre-Dame, Former Abbey of Saint-Rémi and Palace of Tau, Reims
ランスのノートル・ダム大聖堂、サン・レミ旧修道院、トー宮
ランスが大きく発展したのは、496年頃にフランク王国のクローヴィス1世がこの地でキリスト教カトリックの洗礼を受けたことがきっかけです。クローヴィスはゲルマン人のフランク族を統一すると、481年にフランク王国メロヴィング朝をひらきました。彼はゲルマン人のアレマン族との戦いで、イエス・キリストが勝利に導いてくれたら洗礼を受けると天に誓います。そうして見事勝利を収めたため、王妃や約3,000人のフランク族の兵士と一緒に洗礼を受けました。このことは、カトリック教会がフランク王国という強い後ろ盾を得たことを意味しました。この時、クローヴィスに洗礼を与えたのが聖レミギウス(サン・レミ)だと伝わります。その後、1825年のシャルル10世まで32人の王がランスで戴冠式を行い、そのうち25人の王が現在のノートル・ダム大聖堂で戴冠式を行いました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (i)(ii)(vi)
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